Enforced Evolution 外伝〜メイマイ編〜


第4話


眼下に爆炎が舞い、澄んだ剣戟の音と兵士達の悲鳴が絶え間ない輪曲を奏でている。

「正門を破られました!もう防ぎようがありません!!」

肩に矢を受けた兵士が報告する絶望的な状況に、ノーリュ独立部隊の指揮官ディ・ディは臍をかんだ。

「なんで、こんなことになっちまったんだ……」

下準備は万全だった。
『ある筋』から潰しが利く魔法生物部隊を借り上げ、新月の夜に一気呵成に攻め込んで一夜のうちにこのトラペテスを占拠できた。
後はこの地を中心にして世界中を混沌に包み、自分たちが求める世界の至宝を呼び出せば全てがうまくいったのだ。
ところが、トラペテスを獲れたと思ったら、海の向こうの国メイマイがすぐさまこちらに攻めかかってきた。
殆ど鎖国状態だったメイマイがトラペテスに攻めてくるだけでも予想外だったのだが、このメイマイの連中が想像以上に手ごわく、また苛烈な攻撃を仕掛けてきたのでたちまちのうちにディ・ディたちは野戦で蹴散らされ、篭城せざるを得ない状況になってしまった。
が、メイマイはこちらに容赦をする気は全くないようで、城内には投石器から放たれた巨岩が絶え間なく降り注ぎ、城郭には無数の兵士が中に入り込もうとまるで落ちた飴にたかる蟻のようにうじゃうじゃと昇ってきている。
元々城内に残された兵士の数はそう多くなく、頼みの魔法生物群も野戦などでの破壊活動、突破力には定評があるが篭城戦では臨機応変に頭が働かない分普通の兵士以下の働きしか出来ない。
それでもディ・ディが篭城戦を選択したのは、メイマイ軍の動きが想像以上に早く退路を絶たれてしまったことと、『ある筋』からの援軍を期待してのことだった。
援軍さえ来れば、内外同時に攻撃を仕掛けてメイマイ軍を海に追い返すことも可能だと判断したディ・ディはとにかく城壁の確保と兵士の温存を徹底して亀のように身を固めての篭城戦に移行した。

しかしメイマイ軍の軍事力はそんなディ・ディの目論見をあっさりと打ち破り、篭城戦開始からたったの3日でトラペテスの正門がぶち破られる被害を受けてしまった。
これでは、城内にメイマイ軍が押し寄せてくるのも時間の問題だろう。

「どうするんだディ・ディ!!やつら一気呵成に攻め込んできたぞ!!」
「援軍ってのはどうなっちまってるんだ!!」

それぞれの防衛陣地が突破され、ほうほうの体で逃げ戻ってきたディ・ディの同志であるジャンクとサスティが狼狽しながらディ・ディに詰め寄ってきた。

「う………」

二人は明晰なディ・ディの頭脳からこの状況を挽回できる方法を聞きだそうとしたのだが、あいにくディ・ディにもそんな都合のよい策などあろうはずがない。あればこんな状況になったりはしない。
事、ここに至ってはどうにか包囲網を突破して人の多いロギオン方面へ逃げ出す他はない…、とディ・ディが脱出する方法を考え始めた時、一つの影がディ・ディたちがいる部屋の中へ気づかれることなく入ってきた。

「クスクス。せっかく魔法生物を貸してあげたのに、この体たらくはどうしちゃったのよ」

「「「!!!」」」

突然自分たちに向けられた声にぎょっとした三人が振り返った先には、背の小さい赤髪の魔族の少女が目を細めて笑いながら近づいてきていた。

「な、なんだ…おま、いや……あんたか!」

その少女の顔を目にした途端ディ・ディの顔がパッと明るく輝いた。
なぜならこの少女は、自分たちに魔法生物を貸し与えていいと言った張本人であり、実際に魔法生物部隊を持ってきた実績もあるのだ。
その少女がここにいる、ということは援軍がやってきた。と言う事だ。

「こいつはありがたい!本当にありがたいぜ!!」
「正に地獄で仏って感じだな!」

お調子者のジャンクがわざとらしくその場で跳ねとび、普段はあまり感情を見せないサスティも呪いで猫に変えられた顔を喜色でほころばせている。
これで戦局を逆転できる。自分たちの夢であるお宝入手への展望がまた開けてきたことに三人は喜びを隠すことが出来なかった。

「救援すまない。あなた方の協力に深く感謝する」

ディ・ディのほうは二人ほどはしゃぎはせずに、極めて平静を装って少女に感謝の意を述べた。もっとも、ディ・ディも内心では小躍りするほど喜んではいるのだが。

「それで、援軍はどこにいるんだ?今すぐにでもメイマイ本陣に突入させて戦場全体を大混乱に陥らせて欲しい。その隙に残存部隊を一まとめにして一旦ロギオンのほうへと脱出したい。
さすがに今の戦力ではメイマイを海に追い落とすことは出来ないからな」
「………」

ディ・ディはトラペテスからの脱出作戦を訥々と少女に聞かせていたが、それに対して少女は何の質問も発さずじっとディ・ディを眺めていた。

「どうした?はやく援軍を動かしてくれ。さもないと脱出すこと事態が困難に……」
「何言っているの?私は援軍なんて持って来てないよ」


「         」


その言葉は、ディ・ディのみならず他の二人までも一瞬の沈黙に包み込んでしまった。
援軍が来ない。それでは自分たちはここから逃げ出すことすら出来ない。
いや、ではそもそもなぜこの少女はこんなところに一人でいるのだ。もしかして脱出のタイミングを逃がしたのか?

「ち、ちょっと待て!じゃあ何でお前はこんなところにあるんだ……?!」

訳がわからず狼狽するディ・デイに、魔族の少女は無邪気そうな笑顔に一瞬影を指し、右手指を突き出しながらいった。

「ん?私がいる理由……?アハッ、それはねぇ……」

少女は一瞬ディ・ディを見てニッと微笑むと、躊躇することなくその指をディ・ディの胸にめり込ませた。
ずぐぐ、と多少筋肉が引っ張られるなどの抵抗のある動きをみせたが、それも最初のことだけで骨を貫き肉を切り裂き、最後は背骨を砕いて背中に貫通していった。

「え゛………?」

自分の体の中を熱いものが突き抜ける感触にディ・ディは一瞬思考が停止し、そんなディ・ディを少女は返り血を浴びながら拭おうともせずにニヤニヤと眺めていた。

「理由は、用無しになった貴方達の始末よ……」

背中まで貫いた手刀を少女はゆっくりと引き抜くと、そのままディ・ディの体をとんと押した。
そのショックからかディ・ディは口からごぼりと吐血すると、そのままその場にうつ伏せに崩れ落ちた。

「デ、ディ・ディ!!」
「てめぇ、何しやがるんだ!!」

突然の惨劇に泡を食ったジャンクとサスティは慌てて腰の剣に手をかけたが、それよりも早く赤毛の少女は二人の懐に飛び込んできた。

「だから、貴方達はもう必要ないのよ。
貴方達の役目は、メイマイをトライアイランドに攻め込ませる口実作りだったんだから」
「んだとてめぇ!じゃあ最初から俺たちを……」

激高したサスティの声は、少女に喉笛を切り裂かれたことで途中でかき消されてしまった。
喉から派手に血飛沫を上げてサスティは崩れ落ち、残ったのは二人に比べて格段に戦闘力の劣るジャンク一人。

「ち、ちち畜生!いやに気前よく兵隊くれると思ったら、そんな訳だったとはな!」
「騙される貴方達が悪いのよ。そうそううまい話は転がっていない……ってね」

見るからにへっぴり腰で剣を構えるジャンクに少女は易々と背後に回りこみ、あせって振り向こうとするジャンクの背中をばっさりと爪で薙いだ。

「がはっ!!」

背中を切り裂かれたジャンクは口から派手に血を吐き出してばったりと倒れ、暫く体をビクビクと震わせていたがやがてぴくとも動かなくなった。

「うふふ、ごめんなさいね。でも恨んじゃいやよ。これもルドーラ様のご命令なんだから…」

少女は倒れている三人に形ばかりの謝罪をすると、もう興味がないとばかりにくるりと振り向いて部屋を立ち去ろうとした。
その時、事切れているはずのジャンクの目にギラリと光が宿った。

(ふふふ、バカめ!!俺の得意技『死んだふり』にまんまと引っかかったな!!)

元大道芸人という妙な前歴を持つジャンクは、その時に身につけた芸を応用して相手の不意をつく事を得意にしていた。
今回も深手こそ負ってはいるものの致命傷までは至らず、口に仕込んだ血袋を破って吐血して死んだように見せかけ、少女の隙を今か今かと待っていたのだ。

(ディ・ディとサスティの仇だ!思い知りやがれ!!)

ジャンクは口の中に常に含んでいる仕込み針を舌に乗せ、吹き矢の要領で少女目掛けて発射した。決して長くはない針だが急所を狙えば殺傷力は十二分にある。そして、ジャンクはそのことを大の得意にしていた。
シュン!と音を立てて針は少女の剥き出しの延髄へ真っ直ぐに吸い込まれていく。延髄に針が深く刺さってしまえば、例え魔族といえど一瞬で死に至るのは確実だ。

(勝った!)

心の中でガッツポーズをあげ勝利を確信したジャンクだった。
が、少女に針が刺さる瞬間、突然少女の体がフッと消え去った。

「っ?!な、なんだぁ!!」

標的が突然消えてうろたえるジャンクは辺りをキョロキョロと見回したが、どこを見ても少女の姿はない。

「バカな……消えちまっただと……」
「そんなわけないじゃない。煙じゃないんだからさ」

慌てるジャンクの背後から聞こえるはずのない声が聞こえてきた。ジャンクがギョッとして振り向くと、そこには呆れ顔の魔族少女が立っていた。

「…バカでしょ貴方。いくらなんでも致命傷を与えたかどうかぐらい手ごたえでわかるわよ。
それがいきなり派手に血を吐いて死ぬんだもの。驚いたを通り越して呆れたわよ」
「バカな!俺の得意技が、こうもあっさり見破られるなんて……!」

どうやらジャンクの死んだふりは少々オーバーに過ぎたようだ。

「で、一体何を見せてくれるかってわざと隙を作ったわけよ。そしたらまさか仕込み針とはね……。武将じゃなくて大道芸人にでもなっていた方がよかったんじゃないの?キャハハ!」

図らずもジャンクの前歴を言い当ててしまった少女はケラケラといやらしく笑い、ジャンクの方は悔しさから拳をぶるぶると細かく震わせるくらいしかできなかった。

「次やる時は、もっと自然さを装った方がいいわよ………って、貴方に次はなかったわ」

屈辱と悔しさから無防備に背中を晒しているジャンクの頭に、魔族少女…ルドーラのしもべであるエルティナの手の5本の爪が吸い込まれていった。





「城内で、ノーリュ独立部隊の指導者三人と思われる遺体が見つかったわ。
いずれも鋭利な刃物のようなもので体を切り裂かれている。あたしたちが見つけたときには既に手遅れだった…」
「そう……」

悔しそうに唇を曲げながら報告するアニ―タに、ティナはどことなく地に足が付かない返事を交わした。

「戦っていた敵戦力の中で、魔法生物部隊は活動限界に達したのか全員機能停止。残っていた残存兵力は全て降伏を申し出てきたわ」

だから、これから降伏した連中をどこに移すか…
とアニータが続けようとしたところ、ティナはそれを遮るかのように口を挟んできた。

「降伏は許しません。ノーリュ独立部隊の人間は全員抹殺するのです」

それは淡々としているが、決して反論を許さないといった強い響きを伴っていた。

「な、なんだってぇ?!ティナ、あんた何を言っているんだい!!」

そのあまりに無慈悲な命令に、アニータは血相を変えてティナに詰め寄ってきた。

「仮にも降伏した連中を殺せというのか?そんなこと、できるわけないだろうが!!」
「ダメです。彼らは殺さなければいけません。
なぜなら、彼らは全て暗黒竜に心を奪われているからです」
「ティナ……?!」

アニータを見るティナの眼は、アニータがかつて見たことがないほど冷たく光っている。そこにはメイマイ国民に慕われた女王ティナの面影はまるで見えない。

「暗黒竜に心を奪われ操られてしまった人間を救う方法は『死』しかありません。放っておけば、暗黒竜は人間の心を伝ってどんどん大きく膨らみ、やがては力を取り戻し復活してしまうのです。
そうなる前に、私たちメイマイ騎士団は手を打たなければなりません。彼らを殺すことで、初めて暗黒竜の完全な復活を阻めるのです」

かつて暗黒竜アビスフィアーと直接対峙したことのあるティナの言葉だけに妙な説得力を伴っている。アニータ自身は暗黒竜と戦ったことはないのでその辺はなんとも言えない。
顔を渋く歪めたアニータが、それしかないのか…と言おうとしたところ、ティナは顔を輝かせてアニータの目の前で人差し指を軽くチ、チ、チと振った。

「安心して。すでにラトに残っている人間、生物の如何を問わず抹殺するように命令を与えているわ。これで、トラペテスの土地の浄化が終わるわ」

安心したように肩を撫で下ろすティナに対し、アニータの肩は失望と怒りでワナワナと震えていた。

「な…情けないよティナ!あたし達メイマイ騎士団は暗黒竜と戦うための軍で、暗黒竜に心奪われた人間と戦うために作られた軍じゃない!」
「結局は同じ事よ…。彼はただそこにいるだけで暗黒竜復活の可能性を大きくする…。彼らは人間じゃない。暗黒竜の使徒とも言える存在だわ。殺すしかないのよ」

その時、窓の外から凄まじい量の悲鳴が聞こえてきた。ティナの命令を受けたラトが、捕虜を一箇所に集めた後に一斉に攻撃を仕掛けた模様だ。
怒号、憤怒、絶望、恐慌、ありとあらゆる負の声がティナとアニータの耳に飛び込んでくる。アニータはそのあまりのおぞましさに
顔を顰め、ティナのほうはうっとり目を閉じて聞き惚れていた。

「ラト!あいつめ……」

アニータは一瞬ティナをギロッと睨むと、そのまま物凄い勢いで階段を駆け下りていった。
はたしてアニータが到着する時間までにどれほどの人間が生きているかはわからないが、せめて一人なりとも助け出したい!と、アニータは決心していた。

「アニータ……?」

アニータが何をそんなに焦っているのか。今のティナにはいまいちよくわからなかった。
自分たちは世界に平和をもたらすために暗黒竜の完全な復活をなんとしてでも阻止しなければならない。
ここトライアイランドには暗黒竜のものかはよくわからないが、確かに邪悪な気配が感じられる。
もしこれが暗黒竜アビスフィアーのものだとしたら、暗黒竜の復活はまだ不完全だと言える。もし完全に復活していたら、自分がその気配を感じ間違えるはずがない。
言い換えれば、暗黒竜の復活はまだ不完全だから気配が断定できかねるということだ。ならば、これ以上の復活を許さないためにも暗黒竜に心奪われた人間を殺すのは妥当な判断だとティナは確信していた。

「私たちは…、暗黒竜を封印しなければならない……。そのためなら、どんな忌まわしいことでも行わなければ……」

窓の外からラトとアニータの喧騒が聴こえて来る。それに伴い、処刑の絶叫もピタリと止まっていた。

「………」

こんな所で時間を食うわけにはいかない。トラペテス全土を灰にしてでも復活前の暗黒竜を見つけ封印しなければならないのだ。
ティナはラトとアニータを止めるために急ぎ廊下へと駆け出て行った。
もちろん、喧嘩を止めて処刑を続行させるために。





結局命令を優先させようとするラトと人命を優先させようとするアニータの喧嘩はティナが介入したにもかかわらず終わる気配はなく、日が沈むまで続いてつい先ほど漸く終わった。
もちろんその間の処刑は実行されず、結論は明日以降に持ち越しになってしまった。

「もう…、余計な時間をかける余裕はないって言うのに……」

城に設けられた自室に戻ったティナは不満で頬を膨らませた。
アニータには今の状況が理解できていないとしか思えない。もし暗黒竜が完全に復活してしまえばこのネバーランドに存在する生物全ての心が闇に飲み込まれ、絶望と殺戮が支配する暗黒時代に突入してしまうのだ。
それを阻止するために、この城にいた生物全てを殺さなければならない。そうしなければ、このトラペテスの住民の心に染み付いた暗黒竜の波動を消すことは出来ないのだ。

「だからこそ、一刻も早くみんな殺さないと……殺さないと……殺さな………?」

このときティナは、初めて自分の言っている世にも恐ろしい台詞に言葉を失った。
何で自分は、こうも安易に相手を殺す、なんて言い続けてきたんだろうか。
このトラペテスにいたノーリュ独立部隊の一般兵士も多くは普通の人間だ。起きて寝て炊事洗濯もするただの人間だ。
それを、『暗黒竜の波動に心奪われている』。なんて抽象的な理由だけで自分はそれらの命を絶とうとしていた。
こんなことが果たして許されるのだろうか。

さっきまでは思いも付かなかったことにティナは強く懊悩した。一体自分は、なんでああも易々と処刑を促すようなことを言ってしまったのか。
一体、自分に何が……

ズキン!

「あぐっ……!」

その事を思い出そうとした時、ティナの頭に刺すような頭痛が走った。まるで、思い出そうとするのを妨害するかのように頭痛はズキズキと頭の中に響き渡り、あまりの痛さにティナは体のバランスを崩し床に倒れこんでしまったほどだ。

「ハアッ、ハアッ、ハアッ………」

ゆっくり落ち着いて深呼吸を繰り返し、なんとか落ち着いたティナはまだ痛む頭を抑えながら簡易ベッドの上に突っ伏した。

「なんか……おかしいわ……」

メイマイで暗黒竜討伐のための兵を興してから、なにか自分の心の奥に引っかかるものがある。
確たる自分の意思で動いているはずなのに、なぜかそれが他人から与えられたもののような軽い違和感がある。
まるで誰かが書いた筋書き通りに物事が進み、舞台に立っている自分はそれに気づきもしないで道化を演じているような、そんな感覚。

だが、そんなことを考えているとさっきの痛みがまたぶり返してきた。強烈な痛みはそれ以上の詮索をティナに許さず、ティナは頭を抱えながらベッドの中で体を丸め痛みに耐えた。

「もう、なんなのよこれ…!!どうしちゃったのよ私!何が起こったのよ!!」

が、それに応えてくれるものは誰もいない。
何も解決策が見出せないもどかしさからか、ティナはいつの間にか握り締めたシーツを涙で濡らしていた。
誰でもいい。今の自分に何が起こっているのかを説明して欲しい。
どうすることも出来ず、ベッドに突っ伏して泣き続けるティナの背後で不意に扉をゴンゴンとノックする音が聞こえた。

「ティナ、ティナ…。起きてる?」
「……っ!」

聞こえてきたのはラトの声だった。
その声を聞いたとき、ティナは情けなく泣いていた自分の顔を見られたくないという思いと、誰でもいいから自分が感じている違和感を聞いて欲しいという思いが真っ向からぶつかった。
こんな不様な姿を親友のラトには見せたくない…
しかし、親友のラトに自分の悩みを打ち明けたい。
ティナは僅かな逡巡の後、袖で顔をくしゃくしゃと拭いながら立ち上がって扉の鍵を開けた。

「ラト……、何かあったの?こんな突然」
「ん?ちょっとね……って、どうしたのティナ!目が真っ赤よ!!」

薄暗い灯りしかついていない部屋からぬっと出てきたティナの顔を見て、ラトは思わず後ずさりするほど驚いた。
ティナの顔は涙の筋の跡が頬を伝い、泣いていたため瞳は充血して真っ赤。おまけに袖で滅茶苦茶に拭ったために前髪はぼさぼさ、まなじりは赤く剥けていた。

「えっ………っ!!」

ラトの指摘にギョッとして鏡のほうを振り返ったティナは、自身のあまりの惨状に見る見るうちに顔を真っ赤にし開いた扉をバタン!と閉じた。

「ち、ちょっと待っててねラト!す、すぐに整えなおすから!!!」
「う、うん……」

狼狽しまくったティナの扉越しの声に、ティナには見えていないのにラトはこくんと頷いてしまった。
それほど強制力のある代物だった。



「ご、ごめんなさいねラト。見苦しい姿を見せてしまって……」

都合10分ほど身支度に時間を割いたティナは、申し訳なさそうな顔をしてラトを室内に招いた。
待ちぼうけを喰らったラトのほうは別段嫌な顔もせず、ティナが用意したイスにスッと座った。

「で、ラト。一体何の用で……」

ティナのほうはごく普通に接するように語り掛けたのだが、自分を見つめるラトのあまりの真剣な眼差しに途中で言葉が詰まってしまった。

「ティナ……。あなた最近ちょっと無理していない?随分顔色が悪いわよ。なにか、相談したいことでもあるの?」
「!!」

ラトが示した指摘は、まるでティナの心を読んでいるかのようだった。
あまりに正鵠を付いた言葉に、反射的にティナはこくりと頭を下ろした。

「ええ……。ちょっとね……
でも、よくわかったわねラト。感謝するわ…」
「うわ、図星だったか。まあ、いつものティナらしくなかったからね、最近は」
「ええ、実は……」

ティナは先ほど悩んでいたこと全てをラトへとぶちまけた。
それを聞いていくにつれ、ラトの顔は目に見えて険しくなっていった。

「なるほど。つまり…
今の自分が自分でない何らかの意思に意識を引っ張られている気がする……っていうのね」
「ええ。トライアイランドに上陸してから特に顕著で…
昼間も、あなたに捕虜を皆殺しにしろなんてとんでもない命令を出してしまって……。私、何であんな恐ろしいことを……」

アニータがラトと喧嘩を始めなければ、自分の命令で200を超える死体が発生したと言うことになる。
そう考えただけでティナはブルッと身を震わせた。

「いくら暗黒竜の影響を受けているからって、あんなに安易に殺すなんて命令を…。しかも、自分が……
ラト、私怖いのよ!!自分が、どんどん人間じゃなくなっていくような感覚がいつも纏わり付いているのよ!!」
「ち、ちょっとティナ、落ち着いて……」

グイグイと詰め寄るティナにラトは体を逸らしながら宥めようとするが、ティナのほうはさらにラトに顔を寄せてくる。

「落ち着いていられますか!!分かる?自分の意思がこんがらがって、自分が考えていることと全く違う自分がいることの恐怖!
自分の心の中なのに、決して自分では思うようにならない悲しさ!
なのに、心の中の声はどんどん大きくなっているのよ!!もうイヤ!イヤなのよぉぉっ!!」

さっきまで堪えていた涙がまた堰を切ったかのようにドウドウと流れ、ティナはラトの肩に手をかけおいおいと泣き叫び始めた。
これは無理に止めても無駄だと思ったのか、ラトはそれ以上何も言わず暫くの間ティナが泣くがままにして、ティナがすすり泣き程度にまで泣き声を落とした後にティナの顔を覗き込んだ。

「………落ち着いた?」

ラトの指摘にティナは僅かだが頷き、ラトに預けていた体を自分のイスへと戻していった。

「うん……。ごめんなさいね、こんなに取り乱しちゃって……」
「気にすることないよ。それだけ思いつめていたってことだしさ。まあ、洗いざらい言って少しはすっきりしたんじゃないの?」
「………」

確かに、今まで溜め込んできたものを全て解き放ったからか先程より随分心が晴れやかになっている。
別にラトはティナに何の解決策も出してはいないのだが、『聞いてくれた』ということがティナにとって何よりもありがたかった。

「そうね。さっきに比べたら全然気が楽になったわ。ありがとう、ラト」
「あははっ、お礼を言われるほどのものでもないわよ。こっちもがっくりしているティナを見るのはいやだしね。早く立ち直って貰いたいのよ」

ティナはかつてこれほどまでにこの親友をありがたいと思ったことはなかった。困った時に助けてくれるのが本当の親友だと言うが、この親友は潰れかけそうだった自分の心を僅かな時間で見事に立て直してくれた。

「本当に……、感謝しているわラト」
「もういいって……。くすぐったくなっちゃう。
あ、そうだ。ここに来たついでに言っておきたいことがあるのを思い出したわ!」

多少照れくさそうに耳をほんのりと染めながら俯いていたラトが、突然ガバッと顔を上げた。

「ティナ、この城の奥の部屋で妙なレリーフを発見したのよ。多分ノーリュ独立部隊がもっていたものだと思うんだけど、そのレリーフ、どうも竜みたいな印が描かれているんだって」
「なんですって!!」

『竜』と聞かされ、それまで夢見る姫様のイメージだったティナの顔が一気に引き締まった。
一般的にネバーランドでは竜をモデルにした紋章というものはそう多くはない。
大抵のものに付いている紋章の多くはコリーア教のモチーフである月と太陽をモデルにしたものだし、個人の家紋や国家の印にも竜を用いたものはない。
もし竜を用いたものがあるならば、それはコリーア教が布教されるより前のものか、それとも竜を信仰している何者かしか考えられない。
そして、ティナがメイマイ騎士団を立ち上げてここトライアイランドに来たのは『暗黒竜』アビスフィアーを発見、封印することが目的なのだ。
そんな中で『竜』のレリーフがここにあるということは、アビスフィアーと何らかの接点が繋がるかもしれない。という想像を書き足してしまう。

「どこに、どこにあるのラト!今すぐ案内して!!」

ティナはイスから飛び跳ねると、ラトに飛び掛るように近づき、そのまま手を取ってズルズルと外に出ようとした。

「ち、ちょいまった!静まって!!」

さっきまでの鬱モードからは想像も出来ない活発なティナに泡を食ったラトは、慌ててティナをその場に座らせた。

「わかった、わかった!案内するからちょっと落ち着いて!あんまり酷いと連れて行かないわよ!」
「あ……はい」

ラトに怒鳴られたティナはハッとして冷静さを取り戻し、この後ラトに促されるままに進んでいる最中にも取り乱すことはなかった。





「ここよ」

トラペテスの城を下へ下へと歩き続け、石壁からひんやりと冷気が漂う地下室の一枚の扉をラトは指差した。
それはかなり厳重な鉄作りの扉で、扉の隙間からはティナにもビリビリ感じられるほどの濃密な邪気が漂ってきている。

「これは…なんて邪悪な気配なの……」

まるで周りの空間全てを覆い隠してしまいそうなほどのどす黒い空気に一瞬ティナは眩暈を感じたほどだった。
たかがレリーフでここまで邪悪な気配をかもしだすというのは並大抵のものではない。もしかしたら暗黒竜自らが手がけた物なのかもしれない。

「私たちも見つけたときにあまりのヤバさからすぐに壊そうとしたんだけれど、近づくだけでバタバタ気絶するのが続出してさ…
結局手を出せずにいたのよ」
「分かるわ。こんな邪気を浴びてしまっては普通の人間だったらとてもじゃないけど耐えられない。私が何とかしないと…」

メイマイの女王ティナは、生誕した際にメイマイの守護神である双女神・メイファースとマイラスティから聖なる祝福を授かっている。
このため、ティナは他の人間より高レベルの神聖魔法を使いこなすことができ、また邪悪なものへの耐性も比べ物にならないほど高い。
そんなティナならこの溢れる邪気をものともせずに部屋に入り込み、レリーフを破壊することができるはずだ。

「ラト、扉を開けてちょうだい。あなたは入ってこなくてもいいから…」
「…ええ。気をつけてね……」

ラトは手元にあった鍵をガチャガチャと回して、重そうな鉄の扉を軋んだ音を立てながらこじ開けた。
中からは一瞬、目視できそうなほどの邪気がブワッと溢れ出し、通路内に拡散して消えていった。

「…………」

ティナが一歩踏み込んだとき、部屋の中は灯り一つなく真っ暗だった。ラトが開けた扉の向こうにある蝋燭の頼りない光が僅かに差し込んでくる程度で、中に何があるのかさっぱりわからない。

「ち、ちょっとラト……、灯り、取ってくれる……?」

さすがにこれではレリーフを見つけるのは無理っぽいので、ティナはラトに手持ちの灯りを渡すように促した。
が、ラトは部屋の中に入ってこようとしない。

「ねえラト、聞こえてないの?灯りを……」
「だって……、ティナが言ったじゃない。この部屋に入ってこなくてもいいからって……」

ああ、そう言えばついたった今そんなことを言った気がする。けど、4〜5歩歩けば届く距離ではないか。

「ちょっとぐらいなら大丈夫だから!もういいから早くちょうだい!!」
「はいはい。分かったわよ。分かった……」

ティナの切羽詰った声に随分適当な返事を返したラトは、灯りを持ったまま部屋の中に入り…
そのまま後ろを振り向いて扉をガチャンと閉めてしまった。

「えっ?!ラト……」

ただでさえ少ない光がさらに狭まった感じにティナは慌てて振り向いたが、その時にはラトはよりにもよって手に持っていた灯りにフゥッと息を吐きかけ、この部屋唯一の光を消してしまった。
この瞬間、部屋の中は全く光の射さない危険地帯へと変わり果てた。

「ち、ちょっとラト!なんで灯りを全部消しちゃうのよ!!これじゃ何も見えないじゃないの!!」

この仕打ちに流石にティナは怒ったが、怒ったからといってどうにかなるものではなく、ラトがいるはずの真っ暗な空間へ恨みがましい目を向けていた。

「これじゃあ肝心のレリーフがどこにあるかも分からないわ!冗談は止めて早く灯りをつけて!!」
「……………」

だが、ティナがどんなにがなりたてようがラトは真っ暗な視界の向こうで一言も発しようとはしない。

「ちょっと、聞いているのラト!!いい加減にしないと怒るわ……」

流石にティナもムッと来て声を荒げた時、不意に部屋中の灯りがパッと点灯した。
それも一つ一つが順を追って点いたのではなく、全ての灯りが同時にだ。
こんなことは魔法でも使わない限りありえない。

「えっ?!」

不意に周りが明るくなったことで一瞬ティナは眩しさから視界を失い、数瞬の後に目が慣れてきたときにようやっと目の前に座っている一人の魔族に気がついた。

「ようこそ、メイマイの女王ティナ殿」

その魔族は額に大きな三つの目を持って、椅子の脇に二人の魔族の娘をかしづかせており、全身から滲み出る尊大な態度そのままにティナに声をかけてきた。

「あなたは……」

目の前に座る魔族に、ティナは警戒心をあらわにした。
なぜなら、この部屋から漂ってくる強烈な邪気はこの部屋にあるはずのレリーフではなく、この魔族そのものから発せられているからだ。

「これはこれはご挨拶が遅れました。
私はルドーラ、貴国と同盟を結んだエレジタットの君主でございます」
「あなたが……ルドーラ……?!」

これが、自分たちと手を結んだルドーラだというのか。ラトから聞いていた話と印象が全然違う。
ティナはかつて、これほど強烈な邪悪な気配を発した魔族とは相対したことがない。
子供のころから人間、魔族、モンスターの壁を越えて様々なものと接してきたことがあるティナは、魔族にそれほど偏見は抱いていなかった。
が、このルドーラから放たれる邪気はただ事ではない。まるで水や空気すら真っ黒に侵しそうなほどに強烈なものだ。
このルドーラは、間違いなく存在するだけで禍を呼び起こす存在になりうる!
人間の審美眼はそれなりにあると思っているティナは、目の前のルドーラに即危険人物の烙印を押した。

「それはどうも……
で、エレジタットにおられるはずの貴方が、何故このようなところに……?」

既にティナはいつでもここから逃げ出せるように、中腰になって左足を軽く曲げ、両足を爪先立ちにしている。これで何かあってもすぐさま対処することが可能だ。
もちろん、中腰爪先立ちは外見上ではロングスカートの下に隠れ見つけられることはない。

「いえね、このトライアイランドにティナ殿が上陸されたとの連絡が届き、これは友好のために是非にでもお会いしたいと飛んでまいった次第でして」

嘘だ。

そんな殊勝な理由なんかじゃないとティナは直感していた。
そもそもまだ落としたての城の中で待っているなんてありえないし、もしそうだとしてもこんなところで待っているなんて事はありえない。
そのため、ティナはルドーラが差し出してきた手に握手を交わすことは出来なかった。

「おや?つれないですねぇ。私たちは大いなる脅威に対し共闘を誓い合った国同士ではありませんか。もう少し友好的に接しようと思いませんかね?」
「…申し訳ありません。いきなりのことで気持ちの整理がつかず…」

適当な理由をつけ愛想笑いをして誤魔化したティナだったが、いまだルドーラの手は引っ込まずにティナの前に差し出されている。
これではさすがに失礼に当ると思ったティナは、とうとうルドーラの手に握手を返してしまった。

「ど、どうも……」
「いえいえ、私もこのような麗しき王女殿に見(まみ)えることができて光栄ですよ」

ルドーラの掌はティナの掌より一回りほど大きく、体温が低いのかひんやりとした手触りでティナの手を包んできた。
そのまま暫く握手を交わし、そろそろ引っ込めようかとティナは手を引いたが、何故かルドーラのほうは手を離そうとしなかった。

「?あ、あの……、ルドーラ殿、手を……」
「手を、どうされましたかな?」

戸惑うティナを尻目に、ティナの手を握るルドーラの掌は放たれることなく、むしろ力を増してより一層握り締めてきている。

「い、痛い……!ルドーラ殿、手を離して……」
「そうはまいりません。せっかくこの手に掴んだ花を、手放すわけにはまいりませんからな」

その時、ティナを見るルドーラの目つきが一変した。
それまでは全身から漂う邪気はともかく非常に友好的な顔つきをしていたものの、今は内に秘めた欲情を隠すことなくティナの体を嘗め回している。

「わざわざエレジタットから出てきたかいがあるというものです。これほどの純粋で清らかな魂は滅多にあるものではありません!
今から楽しみですよ。この魂と重なり合う瞬間が!!」
「な、何を言っているのですか!とにかくこの手を離しなさい!!」

悦に浸ったルドーラの話がさっぱり理解できないティナはなんとかしてルドーラを振りほどこうと滅茶苦茶に腕を振って抵抗するが、そもそも体格が全然敵わないので全く効果がない。
このままでは埒があかない、と思ったときティナは思い出した。
そうだ、ここにはラトがいたんだ!

「ラト、ラト!お願い、助けて!!」

ティナは後ろを振り向いて、親友に手助けを求めた。ラトの体術ならルドーラを振りほどくことも難しくはないはずだ。
ところが

「…………」

ラトはそんなティナをニヤニヤと眺めるばかりで手を出すそぶりさえ見せなかった。

「ち、ちょっと何をしているのラト……。早く助け……」
「無駄ですよ。ラトは貴方の言うことを聞きはしません」
「……えっ…?!」

ルドーラから発せられた言葉に、一瞬ティナは絶句した。そして、思い出した。
そう言えばこの部屋に入った時、ラトは自分に灯りを渡してくれなかった……

「ラト…っ?!」

改めてラトのほうを振り返ったティナの目に映ったものは…
その双眸を鈍い赤色に輝かせるラトの姿だった。

「うふふふ……。ようやっと気づいたのかしら?ティナぁ」

ラトはうろたえるティナをさもおかしいといったように口に手をあててクスクスと微笑んだ。その目は侮蔑に歪んでいて、とても親友に向ける顔ではない。

「ラトは既に私の手で私のしもべへと生まれ変わっているのですよ。さあラト、かつての友にお前の本当の姿を見せてあげなさい」
「はい、ルドーラ様」

ルドーラへ向けてこくりと頷いたラトが上に着ている稽古着をはらりと脱ぎ落とすと、その下からは見るだけでも赤面しそうな極薄の布で作られた下着と錯覚しそうな肌着が現れた。

「ラ、ラト!それって……」
「フフフフ……」

ラトの予想だにしないあられもない姿にギョッとするティナの前で、今度はラトの肉体そのものが変わり始めている。
その耳はエルフ族のように横に長く伸び、体中のあちこちに赤黒い紋様が浮かび上がってきている。
いびつに歪んだ口元からはニュゥッと牙が顔を出し、左の肩口には何かのシンボルのような紋章がべっとりと張り付いていた。
ほんの瞬きするかのような間に、ラトの容姿は人間から魔族のものへと変貌してしまった。

「どぉう……、ティナ。ルドーラ様のしもべになった私の姿…。人間の時よりよっぽどステキでしょ……。ウフフフ……」

僕になった自分の体を誇示するかのように、ラトはティナの眼前に近づいてその豊満な胸をギュッとティナに押し付けた。
布越しにでも分かるくらいに冷たい体温にティナは背筋をゾクッと震わせ、変わり果てたラトを脅えるような目で見た。

「なんで……?なんでラトが、こんな……」

今まで親友と思っていた人間が、自分の見ている前で人外へと堕ちてしまったことにティナはショックを隠せなかった。
はたしていつから、ラトはこんなことになっていたのか。自分はいつから、ラトに謀られてきたのか。そんな思いがぐるぐる回るが、確実なことはティナの周りには一人も味方がいないということである。

「だ、誰か!誰かいないのですか!!!」

ルドーラとしもべしかいない地下の一室の中で、ティナは血相を変えて大声で叫んだ。まだ入城したばかりの城で構造も把握できていない状況の中、こんな何もなさそうな地下に人員を割いていることなどありえない。
実際、ラトと一緒にここに来るまでに一人の兵士の姿も見てはいないのだ。
でも、それでもティナは誰かに向けて助けを求めた。そうでもしないと恐怖のあまりに意識を失いかねない。

そして、そんなティナの願いが通じたのか、堅く閉ざされていた扉のノブがガチャリと鳴って重苦しい音を立てて押し開かれた。

「!!」

これこそまさに地獄に仏。とばかりに顔を輝かせたティナは扉を開けた者に声をかけようとして…絶句した。

「あ、あの……ティナ様?これって……」

なんと中に入ってきたのはメイド兼武将のリムだった。リムは一体何がどうしたのかわからないといった按配できょとんとティナと周りを見ている。

「リ、リム………、ど、どうしてここに?!」
「え……いや、ティナ様とお姉ちゃんが一緒に歩いているのを遠目で見て、どこにいくのかなと後をつけてきたら……こんな……
えっ!?お姉ちゃん??!!」

俯き加減に顔を伏せ、しどろもどろになって応対するリムの目が、ふとしたことからティナの横にいるラトを見て目を大きく見開いた。

「えっ?なにお姉ちゃんそのカッコ……。え、えぇ?!」
「リム、逃げなさい!!逃げて、ここのことを誰でもいいから話して!」

いくらリムがある程度腕に覚えがあるとはいえ、あくまでも本職はメイドなので戦闘能力はそれほど高いとはいえない。
しかもここにはルドーラ、ラトのほかに二人の魔族がいる。どう考えても勝ち目はない。
ならば、ここはリムを逃がしてこの地下の存在を明るみにする方が自分もリムも生き残る確率が高い。
だが、言われた方のリムは足を動かすことなく、扉の前で呆然と突っ立っていた。

「で、でも……、ティナ様、捕らえられているではありませんか!ティナ様の部下として、ここから一人で逃げ出すわけにはいきません!」

精一杯の虚勢を張っているのか、リムの顔はキリッと引き締まってはいるものの顔色は真っ青で、ずかりと部屋に踏み込んできた足は脛の部分がカクカクと踊っていた。
リムが部屋に入ってきたことにティナは、予想外の事態に声を荒げた。

「ちょ……!入って来てはダメ!!」

この室内はルドーラが発した邪気にむんむんと包まれている。この中に普通の人間が入ったらあまりの邪気の強さにあっという間に失神してしまいかねない。
リムはそんじょそこいらの有象無象よりよっぽど魔力耐性は高いが、それでもこの邪気を密閉した部屋で邪気を吸い続ければ意識を失ってしまうのは間違いない。

「早く部屋から離れて、リム!このままじゃ貴方までこの部屋に囚われになってしまうわ!」
「聞けません!ティナ様をお救いするまでは、私はこの部屋を出ません……!」

部屋に一歩足を踏み込んだリムはそのままスカートの裾を手に持つと、脱兎の如くティナの元へと駆け出してきた。その姿はメイドの基本である優美さは失わず、かつ機動性に富んだものだ。

「ティナ様―――――っ!」

リムはそのままティナの元へと駆け寄り、至近にいたラトを一発の拳で突き飛ばすと、ルドーラに掴まれていないもう片方の手を握り締めると、そのままティナの唇を自らの唇で塞いでしまった。

「んっ?!」

その突飛な行動にティナは全く抵抗することなくリムに唇を許してしまった。体重をかけて体を預けてきたリムは、唇の間から自らの舌を伸ばすとそのままティナの口腔に潜り込ませ、ちゅぷちゅぷと音を立ててティナの口の中を蹂躙し始めた。

「んっ……ちゅ、ちゅ、ちゅっ…」
「ん、んぐううううぅぅぉおぉぅ………………」

他人に自分の口の中を嘗め回されるという未知の感触に、ティナは遠吠えとも官能ともいえない悲鳴を漏らした。

(な、なにをするのリム!助けに来たって言っておきながら、これって一体どういうことなの………?!)

言行不一致もはなはだしいリムの行動に、ティナの頭は混乱の極みに達していたが、その時ティナの目に信じられないものが飛び込んできた。

「ん、ん…、んふふふふぅ……」

目の前でティナの口を貪るリムの目が真っ赤に輝き始めたのだ。
いやそれだけでなく、リムの体は先ほどのラトと同じような変化を見せ、口内を嬲る口元から生えた牙がティナの唇をチクチクと刺し、長く伸びた耳が興奮からかピコピコと上下に揺れている。

「あはぁ……。どうですかティナ様……。ティナ様がルドーラ様やお姉ちゃんに囲まれて何も出来なさそうで可哀相でしたから…
私が助けてあげましたぁ。どうですかティナ様、気持ちよかったでしょぉ…。クヒャハハハハ!!」
「な、リ、リム……。リムまで魔族に………」

先ほど同じ、目の前で見知った人間が魔族に変わった事に、今度こそティナは絶望に打ちひしがれた。

「ティナ様ったら、私が扉を開けたとき本気で喜びましたね?助けが来てくれたって。
あははっ!こんな地下深くに声が届くわけないじゃありませんかぁ!そんなこと、少し考えれば分かるのにティナ様ったら…
おバカすぎてとぉっても可愛いですよぉ―――!」

「人のいいのがティナの良いところなんだからそんなこと言っちゃだめよ。いくら本当のことでもさ!
私なんか今にも笑い出しそうだったけど、何とか堪えてきたのよ!!」

リムもラトも、ティナのことを完全にバカにしてケラケラと笑い転げている。姿形と共に性格まで歪んだ彼女達にとって、素直なティナは絶好の玩具だったのだろう。

「ああ、そうそう。ティナ、貴方のさっきの疑問に答えてあげるわ。自分が自分でない何らかの意思に意識を引っ張られている気がする、って言っていたわよね。
当然よ。だってあれは私たちの仕業なんだから」

けたたましく笑っていたラトとリムが赤く輝く双眸をティナへ向けた。その時、ティナは思い出した。
メイマイで、ラトとリムが自分に詰め寄って来た時、二人の目が赤く輝き、その光を見ているうちにだんだん頭の中がスーッと霞んできて、それから自分は……

「それから…」

そうだ。あの時自分は二人から暗黒竜が蘇ったと聞かされ、碌に調べもしないでメイマイ騎士団をトライアイランドへ攻め込ませてしまった。
今になって思うと、なんであんな簡単に二人の言うことを聞いてしまったのだろうか。何の疑問も抱かずに、二人の言っていることが至極もっともと思い込み、騎士団を動かしてしまったのは何故なのか…

「あっ!」

「そうよ。私とお姉ちゃんの二人掛りで、ティナ様に暗示をかけましたの。
『トライアイランドに暗黒竜が蘇った』っていう暗示をね。ティナ様単純ですから、あっさり暗示にかかってくれたので後のことが楽で助かりましたぁ」

ということは、自分はメイマイにいる時からすでに二人の術中に嵌っていたという事になる。メイマイ騎士団を動かすこと事態が、ラトとリムによって仕組まれた事だったのだ。

「なんて、こと……」

では一体、いつラトもリムも人間をやめてしまったのか。
これは明白だ。ラトもリムもエレジタットに赴いたことがある。その時に二人ともそこのルドーラに何かされてこんな変わり果てた姿にされてしまったのだろう。

「ルドーラ……、私は貴方を決して許しません。よくも、私の友達をこんな姿に……」

ルドーラを睨むティナの眦はいつも温和なティナと同一人物は到底思えないほど怒りで釣り上がっている。
が、それも無理からぬことだ。親友と友人を奪われただけでなく、人としての生すら奪ってしまったのだ。怒らない方がどうかしている。

「ん、何で怒るのティナ?」
「私たち、ルドーラ様のしもべになることが出来てすっごく幸せなんですよ?私たちをルドーラ様のもとへ行かせてくれたティナ様にはとっても感謝はしているんですよ。これでも」

が、そのことに怒っているのはティナだけで、ラトもリムもなんでティナが怒っているのか理解することが出来なかった。

「ティナの怒りは単なる逆恨みよ。勝手に私たちが可哀相なんて思い込んでルドーラ様を責めるなんて、絶対に許さないわよ」

ティナの態度に勘気を持ったラトの手刀がティナの喉首にピタリと当てられた。もしこのまま発言を撤回しなかったら、そのまま喉を突き破ることすらしかねない。
ツッとラトの伸びた爪がティナの首筋に軽く突き刺さり、チクッとした痛みをティナの神経に伝えてきた。
本気なのかとティナの額から冷や汗が頬を伝っていく中、助け舟を出したのはリムだった。

「まあまあお姉ちゃん、ティナ様はルドーラ様の良さを分かっていないだけなんだから、そんなことしたら可哀相ですよ」

リムはラトの手刀を両手でそっと包むと、そのまま手を下に下ろしてティナの危機を救った。
ティナはフゥッと息をつき、一応リムにお礼を述べようとした。
が、それは早計だった。

「これからティナ様もルドーラ様のものになるんだから、そうすればすぐにルドーラ様の素晴らしさが理解できますよ!
ねぇティナ様!クハハハハ!」

リムは一声笑うなり、ティナのドレスの襟に手をかけるとそのまま一気に下に手を薙ぎ下ろした。

「キャアッ!」

意外な強力と鋭利な爪で、ドレスはまるで紙を裂くかのようにあっさりと引き裂かれ、その下にある下着もろともただのぼろきれとなって床に散乱した。

「な、何をするのリム!!」

右手をルドーラに掴まれているため、残った左手で股間を抑えながらティナは顔を真っ赤にして怒鳴ったが、リムの方は手に千切れた布切れを残しながらクスクスと笑った。

「何って……準備ですよ。
ティナ様はこれからルドーラ様に捧げられるのですから、そのためには服なんかジャマですよね?だから先に脱がせてあげたんですよ!」

「さ、捧げ……られ、る?」

それ単体ではまるで意味をなしているようにはみえない単語にティナは首を傾げるが、同時に冷たい汗がドッと噴き出てきた。
これまでの二人やルドーラの話から、これが碌でもないことなのは疑いの余地がない。
そして、捧げられることでルドーラへの認識が変わると言うことは、その答えは一つ。

「まさか……!」

正解を見つけ愕然とするティナに、ルドーラが勝ち誇ったようにティナを手繰り寄せた。

「そうですよ、ティナ殿。
ティナ殿の純潔、さぞや心地よい思いができるのでしょうな。私、すでにはちきれそうなほどにいきり立っておりますよ」

ルドーラは左手を使って腰の紐を解き、身につけていた腰巻をばさりと下ろした。
そこから覗く怒張は、押さえつけるものがなくなった解放心からか天を突きそうなほどにいきり立っている。

「これでティナ殿の純潔をいただいたら、さぞや心地よいものと思われます。
ほら、今すぐにでもいれたい、いれたいって腹を叩いているでしょう」

本人の言うとおり、ルドーラのモノは時折しゃくりあげるかのようにピクンと跳ね、その都度自らの腹をピシャリピシャリと叩いている。

「い、いやぁ………」

これには男の生殖器などかつて見たこともないティナにとってあまりに刺激が強すぎる光景だった。

「は、離して。離してぇ!!」

もしこのままにしていたら、自分は確実にこのルドーラに犯されてしまう。しかも、ただ犯されるだけでなくルドーラの言いなりになってしまう。それだけは、イヤだぁ!
ティナはもうなりふり構わず腕をぶん回し、近づいてくるルドーラを何とか寄せ付けまいと無理を重ね続けた。
が、しかし……
当然そんなものはルドーラには通じず、ティナはその場に一突きされて尻から崩れ落ちた。
咄嗟にティナは立ち上がろうとするものの、その後に間髪いれずに圧し掛かってきたルドーラに邪魔をされて全く動くことが出来ない。

「いや、いやあぁ!!」

自分の下で一国の王女が生の感情丸出しにしてヤダだと泣き叫ぶ光景に、ルドーラは被虐心を剥き出しにして覆い被さってきた。

「フ、フハハハ!いいですねぇ。実にそそられます!この穢れなき体と魂が、新たな私の力となるのです!」

生暖かいルドーラの吐息が頬にかかる感触に、ティナは不快感で眉を潜めた。
どうにかならないかと辺りを見回しても、ラトもリムも押さえつけられているティナをニヤニヤと眺めるだけで助けるそぶりすら見せはしない。
というか、ラトもリムも興奮から顔を真っ赤に染めて既に潤みだしている股間に手を這わして卑猥な水音を立て始めている。
どうやら、ティナの境遇を自分のことと投影してルドーラに犯されている妄想でも浮かべているようだ。
そしてそれは、ティナの近い未来の姿でもある。
ただただ、ルドーラに尽くすことだけを悦びとして感じ、始終股を濡らして体を貫かれるのを心待ちにする肉人形。
待ち構える将来としては、この上なく暗い結末である。

(そんな辱めを受けるくらいなら…)

いっそ自ら命を絶とう。こんな外道の人形として生き長らえるより、人間の矜持を持ったまま死んだほうがまだマシだろう。
ティナは舌を噛み切ろうと舌を歯と歯の間に噛ませたが、それとほぼ同じ時にルドーラが右手をわきわきとティナに見せ付けるように動かしてきた。

「それではまず、私の手でティナ殿の大事なところをほぐして差し上げましょう。
なに、怖がることはありません。私の魔力を送り込んで、痛みすら快楽に感じるように改造してあげます。
すぐに恐怖は歓喜へと昇華し、貴方を至上の幸福へと導いてくれることでしょう!」

自分の言っていることに酔ってしまったのか、ルドーラは顔をうっとりと上気させながら右手に魔力を込め、青白く光る手をティナの股の間へと伸ばしていった。

「あぁ……、ティナのアソコ、ルドーラ様に弄られるんだ……羨ましい……!」
「いいなぁ……。私も後でしてもらいたいよぉ……」

ティナが犯されそうになっている姿にさらに興奮の度合いを高めたのか、ラトもリムも股だけでなく胸にも手を伸ばして自慰行為を深めていった。
そして、青白く光るルドーラの冷たい手がティナの股間に触れた時

「うおっ!!」

突如ルドーラが目を見開き、凄い勢いで埋めた右手を振り上げた。
右手からはぶすぶすと黒い煙が上がり、あまり見ることが出来ない苦痛の表情で顔を歪めている。

「「「「ル、ルドーラ様!!」」」」

主人の滅多に見せない苦悶の姿に、ラトとリムはもちろん後ろの二人のしもべも慌ててルドーラの元へ駆け寄ってきた。

「ひどい……。なんでこんなことに……」

ラトはひどく焼け爛れたルドーラの手をそっと握り、癒すように舌を傷口にるろるろと舐め這わした。
普段ならそんなことをしていたら強引に手を振り解くところだが、今回はルドーラはされるがままにし忌々しそうにティナを見下ろしていた。
一方ティナのほうも、突然ルドーラが悲鳴を上げて飛び上がったことに驚きを隠せなかった。
今まさに舌を噛み切ろうと力を入れた顎もぽかんと開いてしまい、何が起こったのか訳がわからないといった次第だ。
が、ルドーラのほうはこの原因がなんなのかはわかっていた。

「くそっ……。まさか土着の神の守護の力がここまで強いとは思いませんでしたよ」

ルドーラがティナの内に感じ狂喜した力。それはティナの故郷メイマイの守護神であるメイファースとマイラスティの加護の力だ。
これらはネバーランドで一般に神と称される人間が成り代わったものと違い、ネバーランドの自然を起源にする本来の意味での神と称される存在である。
その力が、メイマイの王であるティナの純潔を守るために膣口のところに力を集めて侵入を阻止しているのだろう。
もっとも、ルドーラもメイファースたちの力を感じた際にそういうトラップはあると踏んでいた。だからこそ、最初に自らの手に魔力を込め、メイファースたちの加護を吹き飛ばそうとしたのだ。
だが、双女神の力はルドーラの想像以上に強力で、今のような大火傷をおった次第である。
ともあれ、このままではティナを貫くことは出来ず強制進化も行えない。心を操って股を開かせることは簡単だが、それでは極上の魂を重ね合わせることは出来ず、行為の途中で正気に戻したら下手をしたら自分の逸物が焼け落ちかねない。
だからといって諦めるにはあまりにも惜しい逸品である。なんとか魂の価値を落とさずに強制進化にまで持っていきたい。

(要するに、内にある土着神の加護を全て吐き出させてしまえばいいわけですから……)

つまり、魔力的にも信仰的にもティナの体の中にある神の力を消滅させさえすれば、何憚ることなく魂を重ね合わせることが出来るのだ。
そして、そうさせるべき手段をルドーラは幾手も持っていた。伊達に何百年も強制進化を続けてきたわけではない。

「では……、こんなものはどうでしょうかね」

ルドーラは焼け爛れた右手をギュッと握り締め何事か呟くと、パッと右手を広げた。
するとそこには、一匹のミミズのような蟲が掌を這いずり回っていた。
粘液に塗れたそれは生ハムのような鮮やかなピンク色をしており、尻尾はぷっくりと膨れ上がり先端にある口吻は何かを咥えるかのようにぽっかりと円状に開いていた。
見るからに怖気を誘うその異形に、危機を脱したばかりのティナはゴクリと息を飲んだ。

「あまり私の美意識に触れませんから出来れば避けたかったのですが……、やむを得ません」

ルドーラは蟲を指で摘むと、ティナの股間の方へと蟲を近づけていった。
尻を摘まれ左右にピコピコとうねる蟲は一見ユーモラスではあるが、その得体の知れなさはティナに恐怖を呼び起こさせるには充分だった。

「い、いや……」

ティナは後ずさりして蟲から逃れようとするが左右からラトとリムに押さえつけられ、あまつさえ太腿を掴まれて強引に股を開かれてしまった。

「いやぁーっ!!やめてぇ!ラト、リム―――ッ!」

ティナは泣き叫んでラトとリムに懇願するが、そんなティナをラトもリムも敵意のある目で冷たく睨んでいた。

「だめよティナ。ルドーラ様をあんな目にあわせたんだから…。せいぜい泣き叫ぶことね。私は何もしないけど」
「ティナ様がどうなるのかは私には分かりませんけど、そんなことは関係ありません。これは罰です。ルドーラ様にお怪我を負わせた事への」

「そんな……」

二人が自分の味方ではないことは重々承知はしていたが、ここまであからさまに敵意を向けられると流石にショックを受ける。
ティナはなんとか二人を引き剥がそうともがいたが、元々体勢が不利な上に人外の力で押さえつけられてはなす術がない。
そして、蠢く蟲の口は正確にティナの股間へと伸び、剥き出しになっていたクリトリスにパクリと吸い付いた。


「ひっ!!!!!!」


その瞬間、ティナの腰に感電したかのような鋭い痺れが走った。
蟲の口吻は焼け付きそうな熱さを伴いながらくちゅくちゅと音を立てて肉豆に吸い付き、物凄い力で吸引してきている。

「あああああぁぁぁあああぁぁお!!なにこれぇぇぇぇ!!し、痺れるぅぅぅうううぅっ!!」

その刺激と疼きはかつて経験したことがないほど強烈で、あまりの激しさにティナは白目を剥き、腰はガクンガクンと揺するというより揺れるといった方がいいくらいの上下運動を繰り返していた。
そして、ティナが官能で悶えるごとに蟲はじゅくじゅくと音を立ててクリトリスの中にまで侵食し始め、内部に肉の糸を伸ばしてきた。

「ひっ!ひぎいぃ〜〜〜〜っ!!」

人知を超えた強烈な官能に目を見開き、歯を食いしばって乱れ狂うティナの腰からそそり立つ蟲は、まるでティナから生えたペニスのような形になっていた。

「うわぁ……なにこれ、まるでティナに本当にちんぽが生えたみたい……」

そのあまりの立派さについついラトはティナに吸い付いた蟲をギュッと力強く握り締めてしまった。
それはまるで熱した鉄棒のように熱く、硬い手触りで、まるで本物のペニスのような感触だった。
が、その時


「ひ、ひゃああああぁぁ―――――ッ!!」


蟲を握った瞬間、ティナはまるで自分のモノが握られたような裏返った悲鳴をあげて盛大な嬌声とともに腰をグーッと上にあげ、蟲の硬度がぎゅっと引き締まったかと思うと、その先端から真っ白い粘液が噴水のように噴出してきた。
その光景は、まさに男の射精そのものだった。

「ひ、でっ!出る、出てるぅ!私の中から何かが出てきてるうぅぅ!!なにこれぇぇああぁあ出るぅぅぅ――――っ!!」

もちろんティナに射精の経験などあろうはずもなく、体の奥から止め処なく噴出してくる白濁液をどうすることも出来ずに強烈な放出感に翻弄されまくっていた。
だが射精に戸惑ったのはティナだけではない。
横にいるリムも、そのきっかけを作ったラトも目の前で繰り広げられる噴射を呆然と眺めていた。

「え……!?なんで?ティナが……、射精してるの……?!」

空中で孤を描いて落ちて来る白濁液は粘度といい臭気といい精液そのものとしか言えない代物だ。少し顔にかかったので手で掬って舐めてみたが、やはりその味は精液と変わらない。
訳がわからず蟲ペニスから手を離すことも忘れているラトの後ろで、ルドーラが満足そうに顎を撫でていた。

「どうやら巧く結合したみたいですね。もしダメだったらどうしようかと思いましたよ。
どうですかティナ殿。私特製の管蟲(くだむし)の味は」
「くだ……むしぃ……?」

腰が抜けそうなほどの快感に意識も朦朧としているティナだったが、残っていた滴をピュッ、ピュッと吐き出しながら問い返した。

「この管蟲というは女性の大事な部分に寄生して一体化し、新しい器官を形成する蟲なのです。どんな器官なのかはティナ殿が一番良くわかっていると思いますので省略しますが」

そう。言うまでもない。自分の体に何がつけられたのかはティナが一番良く知っている。
色といい、形といい、はたまた正面に幾重にも走る青筋のような血管といいなにからなにまでそっくりだ。
そして知っているから、ティナは顔を真っ赤にして何も答えられなかった。

「とはいえ、そんなものを作るためだけにわざわざ管蟲を用いたのではありません。単に生やすだけなら魔力を注いでも何でもいいわけですからね。管蟲を用いた理由は他にあります。
ラト、ティナ殿のそれを思い切り扱いて差し上げなさい」
「は、はい……」

ラトはルドーラに言われるままに、いまだに硬さを失わない蟲ペニスをシュッシュッと上下に扱き出した。
それだけでティナの腰にずぅーんと響くような快楽が響き、再び噴出したい、吐き出したい、ぶち撒けたいといった射精願望が湧き出してくる。
とはいえティナだって女性だ。そんなケダモノのような欲望を甘受することは出来ず、滅茶苦茶に暴れて欲望を押さえ込もうとしていた。

「い、いやあぁぁ!やめてぇラト、やめてぇぇぇぇうあぁぁぁぁぁ――――――――っ!!!」

だが所詮は無駄な抵抗で、ラトが10往復ほどさせたところで再びティナは鈴口をパックリと開かせて、先ほどに匹敵するような大噴射を起こしてしまった。

「で、出るぅぅぁあぁああ!!こ、こんなのイヤなのに、イヤなのにぃ―――ッ!!」
「ふふふ、それでいいのです。どんどんお出しなさい。出して出して、身も心も快楽に溺れてしまいなさい。
今ティナ殿が噴いている精液は、ティナ殿の体内に宿る土着神の加護の力を精液に変えたものです。それを出せば出すほど、ティナ殿の体内の力は減っていき、やがては加護も消えることになるでしょう。魔力で生やしてもこういう風にはいきませんからね!」

つまりルドーラは、ティナの加護の力を打ち消すために管蟲をくっつけた、ということになる。管蟲は体内の魔力を吸いだし、精液に変換して大概に放出するという特殊能力を持っているのだ。
ということはこのまま射精を繰り返せば、いつかはルドーラを阻止する手段がなくなり、今度こそ花を散らすことになってしまう。

「……………!!」

ルドーラの意図を見抜いたティナは、今また天井に点きそうなほどにそそり立っている蟲ペニスの根元を手でがっちりと抑えてこれ以上の射精を行わないようにぎゅうぅっと握り締めた。

「こ、これ以上……射精して、たまるも、んですかぁ……」

ティナの心の奥から、『もっと出したい』という心の闇が囁く声が聞こえてくる。一旦体験した射精の暴力的な快感は癖になりそうなほど危険な代物だ。
そんな欲望をティナは歯を食いしばって必死に耐え、心が堕ちるのを食い止めていた。

「ほほう、がんばりますねぇ。過去に管蟲をつけた女は一回の射精で大体欲望の虜になり、自ら手淫をして止め処なく精液を吐き出したというのに……
ですが、そうでなくては面白くありません。それでこそ肌を重ね合わせる価値ある魂。強制進化に足る存在です!
………ランジェ!」

ルドーラはいっしょに連れて来た二体のしもべのうち、金髪で多少カールがかかっているしもべに声をかけた。
声をかけられたランジェと呼ばれるしもべはゆらりと立ち上がると、ルドーラの前へと歩み寄って深々と頭を下げた。

「お呼びでしょうか、ルドーラ様」
「ええ。あそこに寝かしているティナの蟲ペニスを、お前の舌と胸で散々に可愛がってあげなさい。
ああ、多少は壊しても構いませんよ。どうせ後で魂を重ね合わせることになりますからあまり関係がないのです」
「………
はぁい、ルドーラ様……」



ランジェはルドーラの言うことに妖艶に微笑みながら頷いて、ラトを押しのけるといまだに萎えることを知らないティナの蟲チンポの裏筋をついぃっと舌でなぞった。

「!!ひいっ!!」

ほんの一舐めだったはず。だがそれでもティナが感じた快感はこれまでのどれよりも強烈なもので、まるで腰が蕩けてしまったかのような気がした。

「ティナ殿、そこのランジェは無類の精液好きでしてね。私が一言申せば一日中でもしゃぶり続け、精液を搾り取り続けます。
しかも、その技は私のしもべの中でも間違いなく一番です。
そんな彼女の責めにあって堪えきれる男性はいませんよ。大抵半日も立てば身も心もランジェの虜になり、二日もすれば全身の精気を抜き取られてしまいます。
はたしてティナ殿は、どれだけ耐えられますかな……ハハハ…」
「うふふ……、あなたのチンポ、とっても大きくて魅力的ですよぉ……」

ビクビクと脈打つ蟲ペニスに心奪われたのか、ランジェは焦点が失いかけている瞳を向け、あーんと口をあけると、剥き出しの蟲ペニスをぱっくりと口でくわえ込んだ。
できたての上に射精したばかりでまだ全体が敏感な蟲ペニスを熱い粘膜で包まれ、ティナの顔は悦びで壊れかけた笑みを浮かべていた。

「ひぃぃっ!熱っ!!こ、こんなの凄い……凄すぎるうぅぅう!!」
「あはぁぁ…すっごく大きいチンポ…。舐めているだけで体が熱くなりそう……。ちゅうっ、ちゅうっ……」
「や、やめてぇ!これ以上舐めないでぇ!!私、出しちゃう!出したくないのに、出したくないうあああ―――ッ!」

蟲ペニスがもたらすあまりに強烈な快感に、ティナは瞳孔を限界まで見開きながらランジェを引き離そうと両手をランジェの肩にかけようとしたが、それよりも早く限界に達し、ランジェの口元へ水鉄砲のような勢いで精液が噴き出てきた。

「んぷっ!」

不意を付かれた格好になり、ランジェは口の中に物凄い勢いで注ぎ込まれてくる精液に一瞬怯んだもののすぐに立ち直ると、噴出してくる精液全てを飲み尽くしてしまった。

「んふっ……、いい味をしていますね。美味しいですよ……」

まだ少し精液の滴を滴らせたまま、ランジェは蟲ペニスの雁首をつるるっと撫で回し、周りにこびり付いている精液を拭い取るとちゅぷりと指先を口に含んだ。
そのあまりにいやらしい行為にティナはカッと頬を赤らめたが、そんなことを省みる余裕はもうなかった。
今度はランジェはビキニを外して豊満な胸を露わにすると、それでそそり立つティナ肉棒を包み込んでしまった。

「いぎっ!!」

まるでペニスが極上の綿布団にくるまれたかのような感触に、ティナは苦痛とも快楽ともとれる悲鳴を張り上げた。
蟲ペニスを包み込んだランジェの豊乳はくねくね、こりこりと位置を換え形を変えながら蟲ペニスに密着し、その柔らか刺激を受けた蟲ペニスは猛烈な勢いで精液を生成して外へ吐き出そうとしていた。

「どうですかぁティナさん、気持ちいいですかぁ?」
「ひいいいいぃぃっ!きも、きもひいいいいいい!きもちよふぎるうぅぅぅううぅうう!」

とうとう自制心すら切れてしまったのか、ティナは目を血走らせながらガクガクと腰を振って蟲ペニスがもたらす快感に浸りきっていた。
もう射精したらどうなるかとか考える心のゆとりはなく、今与えられている快感をもっともっと味わいたいという気持ちしか残ってはいない。

「あぁぁっ!出るぅ!また出ちゃうう!!うあ――ッ!」

だから射精を抑える気もなく、獣のような吼え声を上げながら柔らかな胸の谷間から今日4回目の射精を派手にぶちまけてしまった。
今度はランジェも口で受ける間はなく、上半身のこと如くを止め処なく吹き上げてくる精液に塗れさせてしまった。

「あ、ひぃ……はぁ…、はぁ……」

さすがに4回目の射精ということで疲れが出たか、ティナは全身を脱力させてぐったりと仰向けに転げた。
口からは荒い息を吐き、もはや精根尽き果てたといった感じである。
が、そんなティナをランジェは薄笑いを浮かべて見下ろしている。

「あららティナさんったらこれくらいで音を上げるんですか?そんなこと、許しませんよぉ」

まだ満足したりないのか、ランジェは多少硬さを失った蟲ペニスをきゅっと掴むと、今度は喉の奥にまで届くくらいの豪快なディープスロートを行ってきた。

「きっ!!」

先ほどまでとはまた違う、蟲ペニス全体が粘膜に包まれる感触にティナの眼はガッと見開かれ、欲望に爛れた瞳を腰元のランジェに向けた。

「うあぁっ!それ気持ちいい!それ、もっとしてぇぇ!!」

ティナは上半身だけをガバッと起き上がらせると両手でランジェの頭を掴み、もっと奥へ導こうとぐいぐいと自分の蟲ペニスに押し込んでくる。
足は両方ともランジェの腰に回し、がっちりとランジェの体を押さえつけていた。

「あはぁあ―――っ!気持ちいい!こんなに気持ちいいと、また出ちゃいそぉ――――っ!!」

すっかり射精の虜になり、自分たちが近くで見ているのにも関わらず快楽に溺れきっているティナを、ラトもリムも面白そうに眺めていた。

「あのティナがあんなに乱れ狂うなんて……。ちょっと意外」
「でもこれで、ティナ様もルドーラ様に捧げられるようになるのね…。待ち遠しいですわね、ルドーラ様」

しかし、喜びはしゃぐラトとリムに対し、ルドーラは顔こそ笑ってはいるもののその目には冷静な光が宿っていた。

「いいえ、まだこれからですよ……」

まだこの程度ではティナを完全に屈服させることは出来ない。体内に神の加護が残っている限り、ティナ心の奥の奥まで快楽に溺れることはない。
そのために、ランジェには口で搾り取ることしか許してはいない。それ以外を使うのはこれからだ。
せっかく今まで待ったメインディッシュなのだ、じっくりたっぷり、身も心も完全に屈服させて私の前に膝まづかせてみせよう。


「ルーチェ、アレを連れて来なさい。それによって、ティナ殿の身も心も堕としてみせましょう……」
「はい」

ルドーラの横に侍っていたもうひとりのしもべ、ルーチェはルドーラの命令にこくりと頷くと足早に部屋を後にしていった。

続く


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