地下の楽園―前編 



  やけに蒸し暑い夜だった。
 黙っていても身体に纏わりつく不快な湿気と熱気。既に日付が変わった時間帯であってもそれは変わりが無かった。繁華街から住宅街へと
移り変わる風景の切れ目の中で、不気味に薄暗く燈る街灯がその場の空気を象徴していると言っても過言ではない。
 住宅地からも繁華街からも中途半端に近いのか遠いのか、その何の為に作られたのか解らない公園が、この風景を提供している。 

 ――グブゥゥウウ
 
 不気味な音が聞こえる。それとも咆哮か、鳴き声か。だが、この今の風景と空気に奇妙に似合っているのは救い難いというべきか。
 その“声のようなもの”から、それを発した主が想像できる者が果たしているだろうか。およそ、この世の生物の中で該当するものがいる
とはとても思えない。いるとしても、それは未知の生物に違いない。

 ――あぁ、あ……ぅ……ぁ

 次に聞こえたもの、それは紛れもない人間の発した“音”だった。声と呼ぶにはあまりにも小さい。
 二つの音や声や鳴き声が発せられている方向に影が、それも大きな影が動いている。公園には決して多くは無い遊具が設置されているが、大きな影はそのどれとも違う事は一目瞭然だった。歪な形をした……例えるなら潰れた饅頭のようなものに、ミミズが群がっているような
影だった。
 その影がズリ動くたびに、心臓の不規則な鼓動のような音と、水を細かく掻き回したような音が響いた。五感の二つが不快になる要素が空間を支配していた。
 残されたのは視覚、嗅覚、味覚。この内の前者二つも救いが無い。薄暗い街頭に照らし出された大きな影は、近付くに連れてその異様な姿を明らかにした。薄桃色の体色に、所々ちぎれた布のようなものが張り付いている。さらに前進は透明な粘液のようなもので覆われており、それがヌメヌメと照っている。影ではミミズのように見えた細長い幾本もの触手は、それらがまるで自由意志を持っているかの如くユラユラと揺れていた。潰れた饅頭ではなく、肉の塊としか見えようがない。
 嗅覚に到っては、湿気の高いこの空気の中でもお似合いのように腐った水場の匂いが漂っていた。さらに、ナマモノを腐らせた匂いが充満し、この匂いが混合される事で何とも形容しがたいものへとなっている。
 触覚、聴覚、視覚、嗅覚……味覚はともかく、これらの感覚以外というものは存在するのだろうか。
「こんなに凄い瘴気だなんて……」
 エレメセフィア・セルシウスは呟いた。
 最近この界隈で発生している女性失踪事件を単独で調査していた彼女だったが、今夜ついに、その決定的な感覚を発見した。
 『魔憑き』と呼ばれる、人間の陰の部分を特化させたモノ。それは人間という生物学的なものから離れ、先程発せられた鳴き声や外見、匂いに到るまで変わってしまったモノ。
 これらが発する特有のモノを、セルシウスは感じ取っていた。そしてそれは、彼女の眼前にある不快な要素の根源。
「ブグゥォ グォゥ」
 魔憑きは必死にその大きな身体を動かしていた。大きな身体の割には、動きは小さく、わずかに肉と触手が揺れる程度だったが、その魔憑きにとっては、それだけの動作であっても必死と表現できるものだった。
 セルシウスにはその魔憑きが何をしているのかが解っていた。いや、彼女でなくても充分に理解できる。魔憑きが必死にその全身を使って女性の身体を貪っている情景が、隠しもせずに行なわれていたのだから。
「その娘を放しなさい!」
 凛とした声で言い放った。
 既に命の灯火すら消えようとしている瞳。ずっと開いたままの口からは力ない掠れた母音が発せられ、涎が止め処なく流れ出ている。幾本もの触手に絡み取られ、魔憑きの動作に連れてぶらんぶらんと動く手足。
 両足の付け根の丁度真中には、幾本もの触手がそこに在る場所に突き刺さりながら伸縮運動を繰り返す。その度に流れ落ちる両者の粘液。そこは既に赤く腫れ上がるほどに蹂躙されていた。
 自分を助けに来た存在にも何の反応も示さず、まるで壊れた人形のようになってしまっている女性。まだ女子高生だろうか、所々に申し訳なさそうに残っている制服の切れ端が、魔憑きの粘液で張り付いてた。
「グブォゥ?」
 重低音の声で反応を示したのは魔憑きだった。肉の塊から頭のようなものが持ち上がり、セルシウスを見た。
(人間の面影は……残ってる)
 顔には眼鏡がかけられていたが、殆ど機能はしていないように見える。何故なら目は角のように突起していた。そう、薄桃色の巨大なナメクジ……そうとしか見ようが無い。セルシウスはその外見に一瞬吐き気を覚えるも、手にする槍をギュっと握り締めた。
 魔憑き――ナメクジは、セルシウスをその飛び出た目で繁々と舐めるように見ると、口から透明な粘着性の高そうな唾液を飛び散らせた。まるで、獲物を歓迎するかのように喜んでいる。そういう印象を受けるような仕草だった。
 既に何の反応も示さなくなった獲物に飽きていたのだろう。セルシウスの言葉に従う訳ではないが、ナメクジは今まで貪るように犯していた女性をいとも簡単に触手の縛めから解放した。

――ベチャリ

 と、全身を粘液で包まれるように弄ばれていた女性が地面に落ちた。
(人質という訳ではなさそうだけど……それでも良かった)
 ホッと胸を撫で下ろすのも一瞬。ズルズルと迫ってくるナメクジを前にしてセルシウスは槍を構えなおした。
「お゛ん゛な゛ぁ〜!!」
 驚いた事に、人語を発した。声自体は人間の発生できるようなものではなかったが、知能は辛うじて残っている証拠なのか。だが、ナメクジはその外見を裏切る事の無い怠慢な速度で迫ってきただけだった。
「仮に貴方が犠牲者だったとしてもッ」
 そう叫ぶや腰のテールのような衣装が舞い、充分な距離を置いてセルシウスは飛び退く。
(こんな動きで、今まで女性を捕まえてきたのには、何か訳があるはず)
 セルシウスはそう踏んでいた。迂闊に飛び掛るのは得策ではない。
「フゴォァ! グブゥア!」
 獲物が自分から離れた事への苛立ちで、ナメクジは怒りに震えた。鬼ごっこが得意ではなさそうなその体躯で、必死に身体を伸縮させながら、新たな目標へ向かって移動を始める。その都度、セルシウスは飛び退いた。
「ヒグゥアゥ! グヒュフゥ!」
 口から粘液質の唾液を撒き散らせ、意味などあろう筈も無い雄叫び上げ、セルシウスだけを見ながら迫るナメクジは完全に彼女のペースで動いていた。捕まえられそうな瞬間に、彼女は飛び退き、その度にナメクジは欲望を増大させていく。
 ついに、ナメクジは身体に生える無数の触手を使うことにした。恐らくは、この触手こそがナメクジの獲物の捕獲する手段なのだろう。
(予想通り!)
 怠慢な動きの本体に比べ、その触手は俊敏な動きでセルシウスを捕らえるべく襲い掛かった。確かに、突然この触手を使われては反応出来たかどうかは怪しい。だが、充分な構えがあれば、恐れるべき捕獲動作ではなかった。
「はっ!」
 手にした槍を横に一閃。あと寸前で届く筈だった何本もの触手が、ベチャリと地面に落ちた。
「グビャァ!!?」
 今まで反抗らしい反抗を受けないままに獲物を捕らえてきたナメクジに取って、初めて受けた衝撃だった。大きな身体がビクッと震え、その顔には初めて驚きの表情が表れた。
「そう、今まで貴方が犯してきた罪は、まだこんなものではすまないわ」
 槍に付着した触手の粘液と体液を振るい落とすと、セルシウスはナメクジをキッと睨みつけた。そして睨みつけられた相手は、可愛そうなほどに怯えている。
「せめて、人間らしい心が残っている内に」
 そう言い放つと、ナメクジの反応を超えた動きで一気に距離を詰めた。今度はセルシウスが攻勢に転じたのだった。
「ハァァァ!」
 ナメクジの縦長の身体の、死角ともいえる側面へ回り込んだかと思うと、そこへ渾身の突きを放った。
「グヒャハァ!?」
 セルシウスの二倍はあろうかという巨体は横からの衝撃で吹き飛ぶと、公園のブランコへ激突した。だが、衝撃音は無い。ベチャリと、まるで餅が地面に落ちたかのようなもので、見た目の派手さとは対照的だった。
「……!?」
 やはりセルシウスにも違和感を覚えた。突きを決めた感触は非常に柔らかく、力を伝えきれなかった。吹き飛びはしたものの、それはただ押し込んだだけという感じだった。
「なるほど……外見通りってわけね」
 一方、突きを決められたナメクジはダメージらしいダメージは受けていないが、驚きは大きかった。さらには、ほんの少しだけであろうプライドに、セルシウスは傷をつけてしまったらしい。
「ゲヒャァ!! モ゛ォ許サ゛ネ゛ェ!!」
 ナメクジのような姿になっても、人間としての彼を繋ぎ止めていたであろう眼鏡は、既に衝撃で吹き飛んでしまった。もはや、魔憑きとして、この落ち着き放っている天使を蹂躙する事しか行動の目的は無いようになっていた。
「オ゛レ゛をぉ、馬鹿にずる゛女は許ざね゛ぇ!!」
 それは、ナメクジの姿になった今でも忘れることが出来ないコンプレックスだった。セルシウスにはそれが容易に想像できた。

 何の取り柄も無く、逆に欠点を挙げれば限がない。飯山大介はそんな男だった。
 女性受けはしそうに無い外見、性格、趣味……。やはり自分の年齢が、そのまま女性経験の未経験年数となっていた。見下すような視線で自分を見る女性、女性、女性。女性の側からすれば飯山など眼中にすら無いのだが、少なくとも飯山はそう感じていた。
 そんな彼にとって、決定的だったのがやはり女性からの一言だった。

「キモイ」

 一体自分が何をしたというのか。ただ同じ電車に乗り合わせ、満員の電車の為に乗客同士が身体を密着させ、顔同士が自然と近くなる状況。
 その一見して性格が良さそうなOL風の女性は言った。軽く一瞥し、端整な顔からは想像が出来ないように眉間を歪めて、吐き捨てるように。こんな台詞は飯山の人生の中で何度も経験した事だった。それが、まるでその一言がこれまで溜め込んできた飯山の不の感情を塞き止めていた壁を破壊してしまった。
 それは真夜中の最終電車。
 興奮というよりも、殺意に似た感情は自分でも驚くほど冷静なものだった。飯山は無表情のまま、女性と同じ駅で降りた。
 その後は欲望が身体を動かした。暗がりの公園で相手の女性を組み敷き、これまで自分が溜め込んできた一切を、その女性にぶちまけた。
 始めは散々悪罵を投げつけてきた女性も、次第に飯山に全てを任せ、痴態をさらけ出した。その後は、よく覚えていなかった。次第に変体していった飯山の肉体は、その体形、性格に見合うものへと成り果て、人間社会を抜け出した。
 三日後、一人の女性が行方不明となっている事がニュースで伝えられたのが、今回の事件の始まりだった。

 セルシウスにとって、まさかここまで魔憑きとして成長しているとは思いもよらなかった。普段であれば、その特異な体質はどうあれ全てを一撃で終わらせる事ができた筈だったものが、ダメージらしいダメージを受けていないばかりか、その欲望に火を着けてしまった。
(今ここで私が逃げてしまったら、今まで以上に被害が増えてしまう……)
 最悪の状況のイメージに対する焦りがセルシウスを支配する。
「これ以上、罪を重ねる前に……可愛そうだけど、貴方を生かしたままには出来ない」
 偽善者ぶったセルシウスの非情な言葉だが、それすらも届かない。
 ズルリと、身体を起こしつつある飯山。セルシウスは槍を構えなおした。
「次で決めるわっ」
 戦闘が長引けば不利になる事を直感したセルシウスの持つ槍からは、青白い光の刃が迸った。槍としての物理的な力ではないもの。彼女の天使としての力が実体化しただけに過ぎない。
 肉体を傷付けるのではなく、その邪悪な魔を打ち払う為の力。魔に侵された者にとっては鋭利な刃物以上に恐ろしい力。その力が彼女の槍先から溢れ出ている。
「グゥゥブフゥ!?」
 その力は飯山を圧倒した。魔憑きとなった為に感じる彼女の力は、まさに自分を滅ぼすことに充分足るべきものだった。
「……覚悟!」
 飯山の視界からセルシウスが消えた。飯山は唯一俊敏に動く触手と、その飛び出た目で必死にセルシウスの姿を探した瞬間、その姿が視界に入った。それは飯山にとっては不幸な光景でしかなかった。ナメクジの背にあたる部分に、セルシウスがその槍を突き刺していた。
 肉体以上にゆっくりと流れる光景。だが、それは一秒にも満たない出来事だった。
 そして背中から例えようの無い激痛が襲ったときには、セルシウスは飯山の眼前で哀れむような表情をして立っていた。

――そんな目で俺を見るのをやめろ

 活発に動いていた触手が全て地面に落下し、もたげていた頭がゆっくりとずり下がる。

――俺は力を手に入れた筈なんだ

 飛び出ていた目は、ゆっくりと元の顔の部分へと近付き、口からは今まで以上に止め処なく粘液が溢れ出した。
 もはや飯山は死んでいくに違いない。この状況を見る限り誰もがそう思うだろうし、セルシウスもまた薄れ行く飯山の瘴気を感じてそう思った。
(結局、魔を打ち倒せてもこの人は救えなかった……)
 この哀れな犠牲者に対して自分は死を与える事しか出来なかった事への無力感。そしてまたこういう犠牲者と対峙していかなければならない事への不安。
(一体、いつになったらこんな悲しい事が終わるのかしら……)
 自分以外の天使達も、きっとこんな葛藤をしていると思うと、さらに胸が痛くなってくる。だが、それだけにセルシウスは天使たるに相応しいという事に気付いていない。

「グブァハア!!」

 突然響く飯山の雄叫び。断末魔……ではなかった。
「え?!」
 戦闘は終わったと思っていたのはセルシウスだけだった。悠長に、魔憑きとの戦いについて物思いに耽っていたのは全くセルシウスの油断と言わざるを得ない。最後の一手を、セルシウスは誤った。
「そんな……まだ動けるだなんて」
 先程の背中への一撃は、既に回復していた。触手も活発に動き回り、顔は今まで以上の形相でセルシウスを睨みつけている。
「くっ」
 想像以上、全てがセルシウスの想像以上だった。もはや自分の手には負えないと判断するしか無い。だが、やはり逃げ出すという選択肢はセルシウスには取れなかった。きっと、この瘴気を感じ取って、他の天使が来てくれる。そこへ唯一の希望を見出し、自分は少しでも長く足止めをする。
(イシュタル、いえ、誰でも良い。お願い! 私一人じゃ、この魔憑きは……)
 一度感じた恐怖心は、そう簡単に拭えるものではなかった。そしてそれが、セルシウスにとっては絶望の始まりに他ならなかった。
「きゃっ」
 突然足に、何か柔らかいものが触れた。 
 飯山自身も知らなかった事が起こっていた。先程切り落とされた幾本もの触手が、そのままのサイズでナメクジとなって動いているではないか。
「くっ」
 その這いずり回る感触に、セルシウスの顔が一瞬嫌悪の表情に変わった。付着したナメクジを落とそうと足を払ったが、完全に張り付いてしまっている為に、その程度では離れない。
 先程の俊敏な動作とは打って変わって怠慢な動作となっている元触手のナメクジだが、ゆっくりと確実に身体を伸縮させながら足から上へ上へと這いずり上がろうとしていた。
 それに気を取られてしまった。
 子ナメクジが数匹取り付いた。それだけの出来事だったが、充分な隙だった。
「ブヒュゥ!」
「しまっ――」
 飯山が伸ばした更なる触手。それらが今度はセルシウスを捕らえることに成功した。

「うっ……」
 飯山の触手に絡み取られたセルシウスは、自分の迂闊さを呪った。腕は胴体ごと触手に巻き疲れ、太ももにも、首にも薄桃色の体色と同じ触手が粘液を滴らせながら絡みついている。
 コスチュームに染み込んでくる粘液。そして何より、この生暖かく、弾力性に富んだ触手の感触、そして現在自分が置かれている状況は、セルシウスに恐怖と嫌悪感を覚えさせるのには充分だった。
「ブヒュッフゥッフゥ」
 笑っているのだろうか。苦労して捕まえた獲物を前にした飯山は、そう発する事で勝利を宣言したのだ。それを気丈に睨み返す事が、セルシウスにとっての精一杯の行動だった。
「や、やめなさい……これ以上、ひぁ?!」
 触手は拘束をしているだけだった。だが、足に張り付いた子ナメクジ達は、ようやくそれぞれの目的地を見つけたようだった。
「やめっ、うぁ、あぅ」
 目を瞑り、その子ナメクジの所為に必死に耐える。股間、両胸、お腹にそれぞれ張り付いた子ナメクジ達は、自らの身体を擦りつけ、口からは小さな触手を出してはセルシウスを責めた。彼らが這いずった後には粘液がテラテラと不気味な輝きを出し、それがコスチュームの鮮やかなブルーと重なって妖艶さを醸し出していた。
「ぃやっ! やめ……て……はぁぅん! ひぁ!」
 これらがもたらす感触は、およそこの世のものとは思えないものだった。その特異な身体の長所を存分に使って、自分の張り付いた相手を懸命に悶えさせているのだ。子ナメクジ達のマッサージは、セルシウスの思考を確実に奪っていく。
(このままじゃ……どうにかしない、と)
 朦朧とする頭の中で、必死に脱出する方法を考えようとするが、纏まる筈がなかった。そうしている内に、この光景を眺めていた飯山が、余計に興奮したのか拘束のみに使っていた触手を動かし始めた。
「ひぁ?!」
 突然の動きに、あられもない声を出すセルシウス。その声は、飯山を充分に満足させた。
 さらにはナメクジの口から大量の唾液が吐き出され、それを潤滑油のようにセルシウスの身体の全身へ塗りつけていく。
 
 ヌチャ ヌチャリ 
 
 次第に粘液に包まれていくセルシウスの身体は、白い肌がうっすらと赤みを帯びてきている。
 飯山は知っている。自分の粘液と特性というものを。この粘液を浴びた女性の全ては、発狂同然の声を上げて悶絶した。
「はぁ、はぁ、ぅあ、んはぁ……」
(気持ち悪いのに、でも、どうしてこんなに……気持ち良い、の……)
 肉体と精神を、クリスタルによって強化されているセルシウスには、今までの女性のような効果は得られないようだったが、それでも少なからず影響はあるらしい。何より、粘液の持つ成分ではなく、粘液という特性が効果的だった。
 矛盾した事を考えながら、セルシウスはそのナメクジのマッサージに身を委ねつつあった。見るもおぞましい光景の中で、その音すらも次第にセルシウスの聴覚を心地よいものへと変えていく。
 触手は拘束を変化させ、丁度セルシウスが万歳をするような格好で、自分の眼前に吊り上げた。ナメクジの顔が、セルシウスのすぐ目の前に存在している。
「離しな……さい」
 声に力は無かったが、それでも瞳だけはこの立場を忘れさせる威圧感で飯山を睨んだ。
「こんなこと……は、絶対に……はぅぁ!?」
 そんなセルシウスを嘲笑うかのように、数本の触手がセルシウスの秘所へ接近した。既にそこに張り付いている子ナメクジを押し除け、さらには彼女のその部分を守る為のコスチュームを強引にずらしてしまった。
「え? い、いやぁ!!」
 おぞましいものにマジマジと見つめられ、気が狂いそうになるほど羞恥心が湧き上がってくる。ここを露出させた以上、相手が何をするのかは想像する事は難しくは無い。目を涙で潤ませ、初めてセルシウスが見せた怯えた表情。それは飯山の嗜虐心に火をつけるには充分だった。
 無防備となった秘所に、触手が一斉に突っ込まれた。
「――うぁあっぅ!」
 襲いくる衝撃。三本も突っ込まれている割に、激痛が走らなかったのはその弾力性と、粘液のお陰ではあったが、何の準備も無く突然ともいえるタイミングで貫いた瞬間に襲ったのは、身体に電撃が走ったのに似た衝撃だった。
「やっ、あぅ、おねがっ い 抜いて、 抜い  てっ!!」
 先程までのマッサージから一転。自分の体内を蹂躙されている事への恐怖感が、セルシウスを現実へ引き戻した。
 卑猥な水音が辺りに響き、ヌチャヌチャと飯山の触手が躍動する。
「ぐ、ぅあっ んぁ! ん んぅ」
 先程犯されていた女性の立場へと転落したセルシウスは、触手が秘所を突き上げる度に、その口から声を発した。始めは嫌悪感から。だが、徐々にそれは女性が持つ遺伝子上のものへと変化していくのに、果たして彼女は気付いているだろうか。
(いや、こんなのって、絶対に……いや……)
 心と身体では全く反応が異なっている。それを象徴することが起こった。身体は火照りと疼きが先程から収まらず、瞳は次第に熱を帯びたように虚ろになっていった。
「咥え゛ろ゛ぉ」
 セルシウスの眼前に一本の触手が突き出された。もはや自分でも何がどうなっているのか解らない状態だったが、ぼんやりとした視界に映った触手を見た瞬間、考えるより先に身体が動いていた。
(え?)
 自分でも驚いたことに、その触手を咥えこんでいた。それも、無理やりではなく、自らそれを行なった。
「んっ、んぅ、んふぅ」
 まるで大事なもののように、さらには舌まで使ってこの触手を咥え、舐め、さらには粘液を唾液に絡めながら卑猥な音を出し、分泌されている生臭い粘液を喉を鳴らして飲む。
 必死で咥える触手がブルッと震え、やがて大量の何かが口内に放たれた。
「んぅー!!? んむぅ!」
 突然の射精が喉まで直撃し、嘔吐感をもよおしたが、それでも触手は口内の占領を止めない為に、それらはセルシウスの意思とは関係無く流し込まれていった。
「んぷはぁ! げほっ、かはっ!」
 触手が口内から抜き放たれた。入りきらなかった粘液が、セルシウスの口から唾液に混じって流れ出る。
 頭をだらりと下げたのは、絶望感からではなく、脱力感からだった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 未だ股間には触手が突き刺さっており、子ナメクジは胸を身体全体で揉み解し、髪の毛一本に到るまで粘液で包まれたセルシウスの姿は、まさしく敗北を象徴しているものだった。

続く



次回予告

そこは地上以上に湿気が充満し、生暖かい空気が支配する暗闇の空間。
肉の壁と粘液で覆われた下水道の一区画……。
囚われのセルシウスはそこで、行方不明になっていた女性達と対面する。
『地下の楽園―後編』


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